悠久の和を求め続ける漢、笹川能孝

この世に莫大な「遺産」を残した笹川良一であるが、「子孫に美田を残さず」と言って憚らず、実際に持てる財産のほぼ全てを公益活動に費やし、この世を去った。笹川から「美田」を引き継ぐことのなかった笹川一族の子孫各氏であるが、政治や公益事業をはじめとした分野における各氏の活動と功績は、もはや改めて述べる必要すらないほど、世に広く知れ渡っているのではないだろうか。笹川は生前、『財産を残さないという教育が、俺の財産だ』と語っているが、まさしく氏の教育こそが、如何なる財産にも勝る一番の「美田」であったのだと思わずにはいられない。

その笹川良一が遺した「美田」をその胸に引き継いだ類稀なる果報者。そのひとりが笹川能孝である。その活動の多岐に渡ること、そして何よりその志の高きこと、まさに笹川良一を彷彿とさせざるを得ない。笹川能孝は常に重責を背負い続け、多忙を極める日々を送っているのではないかと思われる。しかし、いかなる時、いかなる場にあっても、氏は気忙しさや、せせこましさなどを微塵も感じさせない。むしろ、氏の奥深くから大河が如く大らかなる気、湧水が如く清らかなる気がまるで泉のように湧き出ているように感じられてならない。

「策士、策に溺れる」という故事がある。すなわち、「知略に優れた人物が、その知略の優れたるが故に、足元を掬われてしまうことがある」といった意を示す。今日、優れた「策」、すなわち優れた「知識や戦略」をいとも簡単に手に入れることができる時代を迎えた。では、時代の進化に比例し人の上に立ち、人を導くような力強い人物が現れ続けているのかと問われれば、悔しくも先達に胸を張ることができないように感じるのは私だけであろうか。「策士、策に溺れる」とは、まさしく現代への警鐘であるように感じられてならない。「策」は、私たちの喉を潤す水となることもできるが、溺れゆく私たちの息の根を止める水となることもできる。まさしく諸刃の剣と言えよう。私たちは、策に依存し、策に溺れてはならない。私たちは、私たちが主体となり策を使いこなさなくてはならないのである。情報化社会と言われて久しい現代に生きる私たち。そんな私たちが真に求めるべきは、「優れた策」だけではなく、清濁併せ呑みなお余りある「大きな器」なのではないだろうか。いかに優れた知識や戦略、ひいては人や財と出会おうとも、己の器と釣り合わぬものを我が物にしようとしたところで、それはかえって己の身を滅ぼすことになるのである。

今日、優れた知識や戦略を学ぶことができる機会は多い。いわんや新たな人物と知り合う機会、必要な資金を募る機会は、そのどれもが多くなり、手軽いものになっている。その一方で、己の「器」を大きく広げ、「志」を美しく磨く機会を一体私たちはどれだけ大切にできているのであろうか。

笹川能孝の周囲には、氏の高い志と深い愛に共鳴する人物が集う。志を共にするものが集い、時に笑い合い、時に議論を交う場は何より愉しい安らぎの場でありながら、何より実り多い研鑽の場となる。同志が集う場に生まれる学びと安らぎは、いつの時代にあっても、私たちにかけがえのない魂の滋養をもたらすようだ。笹川能孝が持つ「人物を瞬時に見抜く、鋭く深い洞察眼」、そして「何人も兄弟姉妹として迎え入れる鷹揚な心」は、「ふと知り合った人物と濃密な関係を築くのは彼の特技でもある」と評された笹川良一から引き継いだ天賦の才なのであろう。私は笹川能孝が広げる和のなかにして、未来の鳳凰たちと共に己を研鑽し続けていくこと、そして、さらに次なる世代へと大きく、美しい和を引き継いでいくこと。この悠久なる流れの一端を担うことができれば、これ以上の喜びはない。